ジャニーズで初の2人組ユニットKinKi Kids。堂本光一と堂本剛の2人で構成され、当時、2人の人気は一世を風靡するほどのものでした。今回は人気絶頂だった頃の堂本剛はどれほど凄かったのかをまとめてみました。

KinKi Kidsの由来

ジャニーさんはKinKi Kidsをもともと、近畿地方出身のタレントを集めてグループとしてデビューさせたかったみたいです。しかし、なぜか2人のまま増えなかったのだとか。

堂本剛はどれほど凄かったのか

堂本剛の全盛期といえばドラマ「金田一少年の事件簿」や「人間・失格〜たとえばぼくらが死んだら〜」が爆発的にヒットした10代の頃です。
デビューシングル「硝子の少年」は178.6万枚(オリコン調べ)の大記録を達成しました。
剛は、当時のことを「相当悩んでた、10代の記憶がほとんどない」と振り返ったり、事務所の後輩であるKAT-TUNとのトークで

中丸「学校の周りの女子みんなKinKi Kidsのどっち派っていう感じ」

剛 「そうだよね、みんなみんな、うん」

一同「笑」

亀梨「でもほんとみんなキンキだったんですよ、ぼくら男の子とかも」

剛 「みんなそう、結局ね、結局みんな」

一同「笑」

などど話しており、この話しからもKinKi Kidsの当時の人気っぷりが伺えます。

人気はデビュー前から!!?

さらには、人気はデビュー前にまで遡り、KinKi Kidsとして正式にデビューする前からレギュラー番組が5本始まったり、デビューのプロモーションには3000万円ほど使われるなど、デビュー前からこれほど人気を集めたのは他のグループには例をみない出来事でした。

堂本剛の苦労

KinKi Kids堂本剛はあまりの忙しさで10代の頃の記憶が無いと話しています。さらにはライブ中に過呼吸になり、倒れてしまうことや、パニック障害に陥るなど、様々な試練がありました。

そんな堂本剛の救いとなったのは、音楽でした。はじめはミュージカルの出演を打診されたものの、人前では緊張するという剛はそれを拒否。その代わりに薦められたのが音楽だったそうです。音楽という道を得てだいぶ精神的にも落ち着いた剛だが、いまなお心の拠り所は故郷の奈良だそうです。

最後に

現在では先輩グループよりも後輩グループの方が多くなりジャニーズの上の方に位置するKinKi Kidsですがまだまだ、若いグループに負けずに、頑張って欲しいと思います!